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「入院もしない、介護も受けない」私の終活|60代シングル女性の“もしもの備え”

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入院・介護・認知症…もしものときの準備とは

もしも入院が必要になったら?

もしも介護が必要になったら?

そんな話題を耳にすると、私はいつも思います。


──「入院もしない、介護も受けない」と。

これは、きれいごとでも、強がりでもありません。
今の日本では、一定の収入以下で暮らす人にとって、長期の入院や介護を選べる余裕がそもそもありません。パートで働きながら息子と暮らす私も、その一人です。

入院すれば家族の負担は一気に増えます。
病院代、交通費、食費、付き添い。本人も「治したい」より「申し訳ない」という気持ちが先に立ち、むしろ回復の気力を失ってしまうのではないかと感じます。
だから私は、「入院するくらいなら、ぽっくり逝きたい派」です。

介護も同じです
もし体が動かなくなっても、這ってでも自力で生活したい。
介護を受けることは決して悪いことではありませんが、現実として、低所得者にとっては介護施設の利用も簡単ではありません。
デイサービスひとつ取っても、送迎や費用の問題があり、働いていない家族がいなければ支えきれないケースも多いのです。

ただ、だからといって、私と同じ環境の方、それより大変な環境で頑張っておられる方も、「誰にも頼れない」とあきらめる必要もありません。

入院も介護もいらないと考えている私ではあるけれど、どんな状況でどんなことが起きるかは未知数です。知っておくに越したことはないです。

万万が一……と、一応、知っておくべきだと思い調べてみると、いくつかの“現実的な支援”があることもわかりました。以下がそれです。

◆ 自治体や地域包括支援センターの支援◆

市町村にある「地域包括支援センター」では、介護認定を受けていなくても、生活や健康の相談ができます。
また、独居高齢者向けの「緊急通報システム」や、「見守り訪問」なども実施している自治体もあります。
いざというとき、救急車を呼んでもらうことや、近隣への連絡を頼むことも可能です。

◆“頼る勇気”もひとつの準備なのかもしれません◆

私は基本的に「自分のことは自分で」と考えていますが、現実を調べてみて思いました。
「自力で生きる」と「孤立する」は違う、と。
もし本当に動けなくなったとき、最低限の連絡や支援を受ける仕組みだけは整えておくこと。
それも、私なりの“終活の一部”かもしれません。

たとえば、

  • かかりつけ医の電話番号をメモに残す

  • 市の福祉窓口の連絡先を貼っておく

  • 万が一のときに息子へ伝わる方法を決めておく

こうした小さな準備が、未来の安心につながるのだと思います。

 

私は、延命よりも尊厳を選びたい。
介護よりも、できるかぎり自分の力で生きたい。


けれど、“助けの道”を閉ざしてしまうのではなく、最低限の情報と手段を知っておく。
それが、いまの私にできる「もしもの準備」です。

 

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