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「入院・介護・認知症…“もしものとき”どう備える?|シングル女性の視点で考える準備」

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誰かの「入院するならどうする?」という問いに__

もし、そんなふうに聞かれても、私は即答します。
「入院も介護も受けない」と

これは、きれいごとでも強がりでもありません。

私自身、少しのパートと副業をし、息子と二人暮らし。生活費以外のお金など持っていません。
長期入院すれば、付き添い・交通費・食事代…家族への負担がどんどん増えるだけ。
そうなれば、私自身、「治したい」という気持ちより、「申し訳なさ・不安」が勝ってしまうだろう……。そう感じています。

だからこそ、ぽっくり逝きたい派。

介護も、できれば受けたくない。這ってでも動く。体が動かないなら、家の中なら介護用具で補えるだろうと考えています。

実際、40代の頃、数年、そういう生活を経験しています。ですから、家の中には、40代からステッキがあります。トイレは少々大変ですが、手すりをつけるなどすればいい。
杖、手すり、車いす、なんなら、ひざあて、、、、それでも入院するよりはお金はかからないという、「歩けない」というサバイバルな一時期を過ごした気合があります。工夫次第でなんとかなる。

ただ、脳だけは心配です。

認知症になって思考判断力を失うこと──
それが最も怖い。

もし重度の認知症になれば、施設しか選択肢がないように感じます。ただ、施設は高額だし、子供に負担をかけたくない。
だからこそ、「認知症になり始めていることに気づく」「脳を保ち続ける」ことを、何より意識して大切にしています。

認知症だけは怖いので__

◎ “認知症デイサービス・デイケア”の現実

もし要介護になっても、脳機能が保たれていれば、日中、デイケアなどを利用する選択肢はあります。
デイサービス(通所介護)では、食事・入浴・レクリエーションなどを日帰りで受けられ、自己負担は1回1,000〜2,000円程度が目安という情報もあります。
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認知症対応型通所介護では、要介護度や利用時間によって利用者負担額が異なり、たとえば、7時間程度の利用で要介護4のケースでは1,023円程度という例もあります。(あくまで一例)

民間の介護付き老人施設では月額15〜30万円前後という例も見られます。(みんなの介護参照

ただし、これらは“片道の送迎”“食事”などのサービスを含む場合、また、介護保険適用外の費用(おむつ代、教材代など)は別途かかることもあります。
施設介護となると、費用は格段に高くなります。
特別養護老人ホーム(特養)や介護老人保健施設(老健)の月額は、5〜20万円ほどが目安という情報があります。(某保険会社情報)

 

こうした実情を知ると、「施設は金銭負担が大きいから、動けるうちは動きたい」「せめて認知機能だけは保っておきたい」という思いに、より確信が湧きます。

◎ 私なりの“もしもの備え”プラン

脳トレ・認知機能維持

読書、パズル、友人との会話、クロスワード…できる範囲で毎日続けたい。
(認知症が始まる段階で気づくことは可能、という見方もあります。)

情報の備え

デイサービスや地域包括支援センターの連絡先をノートに残す。
かかりつけ医、介護保険窓口、福祉課など、自治体の支援制度も調べておく。

ネット利用を活かす

買い物が難しくなったときはネットで日用品を注文する。
脳が働いてさえいれば、生活の最低限は維持できる可能性が高いと思います。

家の中の最低限の備え

手すり、スロープ、段差解消、床材変更など。移動できれば、這ってでも動ける環境づくり。

判断できなくなったら…

認知症が進んで判断能力が落ちた場合は、早めに「後見制度」「任意後見」「信託制度」などを活用するか、事前に信頼できる人に権限を委ねる準備を検討するのも必要だと思います。特に、財産のある方。不動産などがある方、トラブルが肉親に及ぶ前に。。。私は必要としません。

 

◎ 禅僧からの言葉 ──「お世話をかけるのは人の世」

私が信仰する(というほどでもないですが、長年、お世話になっている)禅僧の言葉があります。

「人は大きなお世話をかけて生まれてくる。それだけ生まれることは一大事。そして、死ぬときも、誰かにお世話になる。迷惑をかけたり、お世話になったりすることは、この世の巡り。迷惑をかけない、お世話をかけない人間などいない。だから、死を考えすぎず、“今、ここ”を大切にせよ。」

この言葉が、私には重く、同時に救いにもなります。

長年のシングルの私です。私は、この禅僧の言葉がすべての「死生」です。

 

 

しかし、私のようなざっくりな思考の人ばかりじゃありません。

私のように特に頼れるあてもないパターンで、その不安がいつもぬぐえない人、経済的な資産があるシングルの人は、経済・制度・ネットワークの備えを早くから考えたほうがいいでしょう。

最終的には、私たちは「生かされて、生かす」シンプルな巡りがすべてなのかもしれません。

私たち人間も、この命というものは特別ではなく、森の動物や、ペットの猫や犬、空を飛ぶ鳥と同じように、ただ「命」なのだと考えます。

だからこそ、生まれてきたという数奇なラッキーチャンスを大切に、今を大切に生き、「脳」と「意志」を保つ努力を続けたいと思います。

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