家族をばらばらにする社会へ向かっているのではないかと

まるの目ー時代を読む

私はシングルマザーとして子どもを育て上げ、ようやくシニアと呼ばれる年齢になりました。長い年月を振り返ると、日本の社会の形は少しずつ変わってきたように感じます。

特に最近、気になっているのは「世帯」という考え方が弱くなり、人がどんどん「個」に分かれていく流れです。

住民税の仕組みを見ても、非課税世帯とそうでない世帯の境目にいる人たちは、世帯を分けたり、扶養の形を変えたりしないと不利になることがあります。税の都合で家族の形を調整するような話を、最近はよく耳にするようになりました。

日本はもともと戸籍制度や住民票があり、家族のつながりや人の背景が分かる社会でした。

窮屈な面もありましたが、その分、助け合いや支え合いの仕組みがあったと思います。私も一人で子どもを育てながら、周囲のつながりに何度も助けられてきました。

ところが今は、「おひとりさま」という言葉が当たり前になり、制度の面でも人がばらばらになっていく方向に進んでいるように感じます。大きな声で制度を変えると言わなくても、税や制度の仕組みが少しずつ社会の形を変えていくことはあるのではないでしょうか。

政治の世界では「抜本的に」「根本的に」「ワークバランス」「持続可能な社会」といった、とにかく、多くの「煙に巻くような言葉がよく聞かれます。

しかし、現実に起きているのは、世帯や家族という単位が弱くなり、人が孤立した「個」へと分かれていく流れのように思えてなりません。

「日本はかつて、不屈で、あらゆる面で豊かだったが、それは家族やコミュニティの仕組みが、当たり前のようにしっかり根づいていたから。彼らは集団になると強い。恐ろしく強い」これが、海外の識者や政治軍事の専門家の見立てです。そして、そのような研究結果も踏まえ、彼らは、その後、日本企業の形態も、家庭教育の基本も、学校教育も「個」を正しい在り方、正しい美徳とするように変えさせたのです。

私が生きている間に、すべてが大きく変わるとは思いませんが、このまま進めば、日本という国のかたちや、日本人が大切にしてきた家族のあり方は、この先、少しずつ変わっていくことでしょう。

家族を崩壊させたからこそ解る、人生を『個』で生きる負の側面。

「一番最初の大切なコミュニティ・絆といえるもの」は家族です。ひとり親の世帯にしてしまった親としての責任や不自由さ、子供の不憫さも、多々、経験し感じてきた年月です。だからこそ、一人の母親として、これからの社会が、本当に人を支え合える形で残っていくのかを、最近、よく考えます。

我が家も、もう暮らしていけないので

世帯を分けたほうがいいか考え始めています。。

これで、いつか、親子のどちらかが、どこかへ流れ、暮らしの拠点を変えてしまっても、いずれどこの誰なのか、分からなくなっていくでしょう。

戸籍があるから大丈夫という人もいるでしょうが、この戸籍制度も、夫婦別氏、親兄弟バラバラ氏となりますから、世帯をどんどん割っていけば、「処理上煩雑な手間がかかるようになった」と言って、牛の耳の焼き印のように、ナンバーで整理されていくことでしょう。一般庶民はね。

他の国はそうだ? だから犯罪が多いのでは?
個なので歯止めもかからない。

国民を抑制して歯止めをかけるのは政治家と警察だけになっていく。
国民だけが管理され、特権がある階級は、多くの監視システムからは特別扱いで逃れることになるでしょう。表向きは当然「平等」といいます。当たり前。今も、スパイ防止法は政治家は対象外にすべきなどと言ってるある政治家界隈もいるとか?
そう、これこそが、10:90という世界の誕生なのです。

コメント