赴任国の首相に対し「首を斬る」と殺害予告的恫喝をした件、その後の展開
中国政府高官が、日本の首相に対して「首を斬る」という強烈な言葉を使い、さらに中国外務省報道官が日本を侮辱するような表現で恫喝した。
通常なら国同士の空気が一気に凍りついてもおかしくない。しかし日本のSNSで生まれた反応は、その予想とはまったく逆の方向へ転がっていった。
怒るでも怯えるでもなく、日本人は“大喜利”を始めたのだ。
中国側が投げた恫喝テンプレートを、日本のネット民は即座にネタへ変換し、江戸の川柳か落語のようなひねりを加えて次々と投稿していった。
強権的な言葉を素材にしてしまう、この不思議な反応は海外へ拡散し、各国のネットユーザーも参戦。ついには政治家や政府要人が日本に肩入れするようなミームを投稿するまでになった。外交の緊張が笑いに変わる、実に奇妙な光景である。
日本をプロパガンダで貶め続けている国
日本は長年、プロパガンダでは「軍国主義国家」「侵略の歴史を反省しない国」と決めつけられてきた。しかし実際の日本社会の精神構造は、そのイメージからほど遠い。大声で主張すれば勝ちという文化ではなく、争いを避け、空気を読み、相手に恥をかかせないために引くことすら選ぶ民族だ。
だからこそ、他国からどれだけ激しい言葉を浴びせられても、日本は同じトーンで怒鳴り返さない。正面衝突を避ける。それでも屈しもしない。
そのバランス感覚が世界の国々には理解しにくい。
大喜利は世界へ拡散された
今回、SNSで起きた大喜利現象は、その“日本式の抵抗”が最もわかりやすい形で可視化された瞬間だった。
一方、中国では反日教育が日常的に行われている。軍事パレードは威圧の象徴となり、小学校や中学校では日本兵に模した人形を棒で突く演目が続く。日本の国旗を玄関マット代わりにし、踏みつけて入店する映像はいくらでも見つかる。国家のメッセージとして「日本は世界の敵だ」と刷り込まれ続けている。
そんな中、日本の一般ユーザーが全く怯まず、大喜利で返したことは世界の価値観を揺さぶった。
日本人は喧嘩腰にならず、怒らず、声を荒げない。
和合を求める民族ではあるが、しかし、その実の肝心な部分では、最終的には引かない。
江戸から続く庶民の風刺文化
その姿勢は、江戸時代から脈々と続く庶民の風刺文化に根ざしている。権力者を笑いでいなす、あの独特の“軽さの中の凛”のある態度だ。
独裁国家の恫喝を、笑いによって封じる。
侮辱の言葉を、そのまま素材にして遊ぶ。
それは単なるエンタメではない。
国家レベルの威圧を、庶民の手で無力化するという歴史的にも続いた伝統現象である。
世界は日本を“静かな国”だと思ってきた。しかし今回、静かであることは決して弱さではなく、むしろ強い意思の現れであることが知られ始めた。
無意識のDNAが選んだものは、『笑い』だった。
日本人は怒鳴らない。
だが、黙りもしない。
笑いという、一見あまりに穏やかな方法で、国家の威圧を超えていく。
江戸から続くこの精神が、いま世界に伝わり始めている。



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