片づけは「物」より先に、自分のこれまでの人生に触れる行為になってきた
この年齢になると、片づけは若い頃のように
「部屋をすっきりさせる作業」ではなくなりました。
部屋の片づけをするたび思い出す、亡き弟の「最後の日の言葉」
開けていなかった箱を開けるたび、自分の歩いてきた道のりが、ふっと目の前に立ち上がってくる。片づけをしているのに、心の棚のほうも勝手に開いてしまう感じです。
若い頃は、部屋の模様替えが大好きでした。新しい配置を考えたり、布を変えたり、家具を動かしたり。部屋が変わると、心が変わったように軽くなったものです。
けれど親が亡くなり、娘を亡くし、気づけば心の支えが次々に消えていく中で、もう昔のように部屋を動かす気力は残っていませんでした。
そんなとき言われたのが、弟のあの言葉でした。
弟の言葉は、慰めでも励ましでもなく、もっと深いあたたかいものでした。
ぽっかりと心に穴が開いた、人生の底にいる時期に言われた言葉。
長い間、私を見てきた人しか言えない言葉だった__。
弟は、私が学生の頃から“どんな時も部屋を整えてきた、あの頃の姉”を覚えていたのです。
好きな空間をつくることで、自分の気持ちをなんとか立て直してきたことも、全部知っていた。
親を失ったあとの私が、どこへ心を置けばいいのか分からずにいた時間も見ていた。
そして、娘を亡くし、浅い呼吸で毎日生きているだけで、胸が痛くなる時期を、何も言わずに横で見ていた人。
その全部をわかった上で、
弟はぽつりと、こんな風に言ったのです。
「姉貴はさ、昔から部屋を模様替えすえるの、好きだっただろ。
いま無理に外へ出て行ったり、もう必要以上頑張って仕事したりしなくていい。
家の中を、また、模様替えしたり、編み物したりして、ゆっくり暮らせよ。もう、あれこれ感語り悩んだりしないで、焦って新しいことなんてしなくていい。気を揉まないでゆっくり生きたほうがいいよ、娘の仏壇の傍にいてやれ」
この言葉は、私の人生の歴史を全部知っている人間にしか言えないものでした。
だから、片づけをすると、いまでもあの声が静かに響きます。



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