「とりあえず」のものは捨てる
100均で、ついつい、「とりあえず買っておこう」と買っていた収納用品。
娘の写真を並べるために、一気に買った額縁もあります。
気づいたら、家の中が「とりあえず」の物ばかりになっていました。
体力が、部屋の整理を遅らせる
ある日ふと、
“こんな雑多な量に、もう体力が追いついていない”
と感じました。
年齢を重ねると、片づけ作業で、
一度に持てる量は自然に減っていきます。
だからこそ、モノはもう少なくていい。
少ないほうが、生活に息が入る。
写真も同じです。
こんなにたくさん飾るより、ひとつだけ、いい額に入れる。
その方が、その写真の向こうの人に静かに向き合える。
捨てられないものを、別の形に変える。
服は、よほどレアな新古品の
ブランドものでもない限り、なかなか売れない時代です。
だからこそ、裂いて使う。
バスマットにする。猫のマットにする。
布の最後まで使い切ると、なぜか心がすっきり!

こういう“手の仕事”は、落ち着かないときに効くんですね。
私の場合、片づけと手仕事は、暮らしを取り戻す動作そのものです。
年齢を重ねて分かったのは、
もくもくと続ける片づけは「いまの自分と静かに対話する」時間だということ
片づけは若いころの勢いではもうできない。
でも、だからこそ、
“自分のペースで、自分の暮らしを整える”という静かな作業になる。
弟が残した言葉が、片づけをするたびに背中を軽く押してくれます。
片づけは物を減らすだけではない。
あの日から止まってしまった時間のそばで、
そっと息を整える作業__。
そういうことでもあるのだと、ようやく分かってきました。




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