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友人が少なくなったら、自然を友にする暮らしは楽な生き方

「今、ここ」
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年齢とともに友人が減ってきたら、自然を友だちにする

歳を重ねると、昔のように人と会う頻度は少しずつ減っていく。誰かとトラブルになったわけでもなく、疎遠になったわけでもない。ただ、それぞれの生活が変わり、リズムも違ってくる。
気がつくと、友だちの数が“減った”というより、“落ち着いた”という感じになる。

60代は、体力が大きく落ちたわけではないけれど、
「今日は気分が乗らないな」という日が確実に増える。


会えないわけではない。
ただ、以前のような勢いで予定を詰め込む気力が続かないだけ。
相手も同じで、無理をして会う年齢でもない。

そうなると、人とのつながりはどうしても細くなる。

なんとなく寂しい話のように聞こえるかもしれないが、
そういうことでもない。

“人と関わる量が自然に減っていく”というだけのことだ。

最近、私はこの時間を自然で埋めているかもしれない。

大げさな自然じゃなくていい。お天気の良い日に、近くを散歩する。

あまり通らない道を通ってみる。もともとの地元じゃないので、近所であっても、まだまだ知らない通りばかり。道端の雑草、季節を感じる草花。見知らぬ家の軒下の発泡スチロールにまかれた紫蘇の葉の変化。

「ああ、昔は、裏庭から紫蘇の実をギュギューっとそぎ落として集めて塩漬けをつくってたな」とか、いろんな時代のエピソードを季節ごとに思い出す。


そして、空の明るさ、そして、ベランダから見る毎日の夕焼けの違い。
そういう小さなものから、勝手に刺激を受けている。

若いころは、友人が話す話題や、イベントの計画、飲み会、旅行と、アクティブな刺激は多かったけれど、今は、人じゃないところからの刺激が多い。

そう、うちの、犬や猫も、私の家族であり、相棒。

歳をとったから自然が好きになったというより、
「人と無理に合わせる必要のない相手だからラク」
そんな風に思うようになったのかもしれない。

人間関係は、良い関係でも気を使う。

こちらが元気でも、相手がバタバタしていると予定が合わない。
綺麗な関係ほど、雑に扱えず大事にしたくなる。


その“丁寧さを保つための気力”が、年齢とともに少しだけ不足してくる。

自然は、こっちがどんな状態でも構わない。

落ち込んでいても、風は吹く。
疲れていても、空は勝手に明るくなる。
気が向かなければ、ベランダに出なくても何の問題もない。

人付き合いが少し減ったぶん、
自然との距離が勝手に縮まっただけの話かもしれないけど……。

散歩は気楽な気分転換。
毎日歩く必要はないし、歩けなかった日があっても誰にも気を使わない。
季節の移り変わりに気づくだけで、生活の輪郭が整ってくる。

若い頃は「友達が多い=豊かさ」だった。
でも、今の豊かさはもっと静かで、もっと繊細。

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