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ひとりで生きる。でも“ひとりきり”ではない

【2】執筆系(あんじぇりか文庫)

ひとりで生きる、でも“ひとりきり”ではない

年を重ねると、自然と「ひとりで生きる」力が否応なしに求められますね。

誰かに頼れない時もあるし、家族の生活リズムが変われば、
気軽に連絡できる相手が減ることだってある。

自分のことは自分で決めて、自分で片づける。
そんな日々が当たり前になっていきます。

けれど、ひとりで暮らしていても、不思議と“ひとりきり”にはならないものです。

完全に孤立しているわけじゃない。

誰かとべったりつながっているわけでもない。

その中間にある、ゆるい縁のようなものが、静かに生活を支えてくれる瞬間があります。

たとえば、犬のお散歩の時間、毎日、同じように散歩中のおじいさんが「きょう寒いですね」と声をかけてくれたり、バス停で顔なじみの人と目が合って軽く会釈したり。

そんな一瞬でも、さらっと交わした挨拶なのに、なぜか心がふっとやわらぐことがあります。

買い物に行けば、お店の人の「これ、きょう安いですよ」の一言。
「これは?」と聞き返す。こんなやりとりは、まだまだ残っています。

近所の人が、思いがけなく何かのおすそ分けをくれたり、逆に私が渡したり。
これを疎ましく思う人が多い時代ですが、その距離感が程よくて……。

昭和ほどじゃないけど…昔のような濃い付き合いじゃないけれど、
でも、完全に知らん顔で離れすぎているわけでもない。
このくらいの距離感がちょうどいいと感じるようになりました。

「ひとりで生きる」は、自立のこと。

でも「ひとりきり」は、心が閉じてしまった状態のこと。

ここはまったく別物なんですよね。

若いころは「人と関わるなら、ちゃんと仲良くしなくちゃ」と思っていました。

でも、年齢を重ねると、ちょうどよい距離の関係こそが長く続くとわかってきます。

誰かに依存しない。けれど、誰からも切り離されない。
そんな“ほどほど”のつながりが、心の健康を守ってくれます。

ひとり暮らしでも、必要な場面では、自然に誰かと小さく関わる。
そのくらいが、『生きやすさ』としてちょうどいいのだと思うようになりました。

暮らしはひとりでも、人生はひとりきりではない。

案外、だれもひとり生きていないものです。

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