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シニアの捨て活*「捨てられないもの」との向き合うとき

【1】暮らしのこと(日常)
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家の中にある「捨てられないもの」とどう向き合うか

家の中を眺めてみると、
「どうしても捨てられないもの」がいくつかあります。

誰にでもありますよね。

使っていないのに処分できない服、思い出が詰まった手紙、
いつか使うかもしれないと取っておいた道具。

頭では「もう必要ない」とわかっているのに、
心がついていかない。

そんな瞬間が、片づけのいちばん難しいところです。

捨てられない理由

捨てられない理由は人それぞれですが、
だいたいは“過去へのつながり”か“罪悪感”。

この二つが心に引っかかっているから手が止まるんです。

たとえば、何年か前に買ったお気に入りの服。

もう似合わないと感じてる、去年は一度も着なかった。
それなのに、捨ててしまうのが惜しい。

これは、当時の自分への名残惜しさです。

逆に、誰かからもらったものは
処分すると申し訳ない気がする。

罪悪感が邪魔をする。

でも、どちらも
無理に決着をつけなくていいと思ってます。

3年前に亡くなった長女にゃんこ。保護猫でした。もっと長生きしてほしかった。7歳で亡くなりました。おとなしくて、一番賢い、でも頑固なねこでした。私の膝の上が好きだった。

 

気合のある捨て活や「捨てる決意」をしなくていい

「とりあえず別扱いにする」こと。

捨てるか捨てないかを即決しない

箱にまとめて、一定期間だけ、“保留ボックス”的な仕舞い方をしておく。

時間がたつと不思議と気持ちが変わり、
「あぁ、これはもう大丈夫だな」と手放せる日が来ます。

 

「使わないけれど残す」が捨て活になる時

「使わないけど残す」

そういう選択をしてもいいということ。
思い出の品は、“持っているだけで落ち着くもの”として扱ってもいい。

量さえコントロールできれば、
無理に捨てなくても暮らしは軽くなります。

大切なのは、物そのものではなく、自分の気持ちの整理。

「これを手放したら、気分が楽になる?」
そう問いかけると、いずれ、自然と答えが見えてきます。

捨てることは、過去を否定することではないし、
残すことだって、執着だけとは限らない。

だから、「さあ、捨てるぞ!」と
執着しなくていいと思うんです。

少しずつ、「一日一捨て」や、ゆるく「捨て活」していると、
ある時、「ああ、これももう捨てていい!」と
思い切りの仕方が、倍速になる日が来ます。

そして、また、ゆるい捨て活に戻る。

この繰り返しで、ものは減って整理されていきます。

シニアの捨て活で大切なのは『買わないこと』

そして、

終活を兼ねた捨て活なら、
とにかく『買わないこと』これもかなり大切。

家の中にある物は、人生のいろんな時期の証です。

それらと静かに向き合いながら、
“今の自分が心地よく暮らせる量”へ整えていく。
そんな緩やかな片づけを、してけばいいと思ってます。

物と向き合うことは、
自分と向き合うことでもあります。

ゆっくりでいい。
迷いながらでいい。

 

まだ捨てられないでいる、印象に残っている娘の靴やスニーカーがあります。私が履いています。もう10年以上たつのに…苦笑

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