「孤独死が怖い」と思ったときに……(続き)

①生き方エッセイ

孤独死とどう向き合えばいいのか(昨日記事の続き)

「もし、私がひとりで亡くなって、誰にも気づかれなかったら…」


そんな不安が胸をかすめても、それは、なかなか口に出す人は少ないだろうと思います。

考えたくないテーマでもある__。

でも、年齢を重ねると、避けては通れない話題でもあります。

『孤独死=悲惨』という刷り込み

まず、ひとつ落ち着いて考えてみたいことは、
“孤独死=悲惨”と決めつける必要はないということです。

長年、映画やドラマでは、誰かがひとりで部屋で亡くなっていた…発見が遅かったなどという始まりから、ストーリーが出来上がり、私たちは、それを見続けてきました。

どこかで、刷り込まれている概念になっているのです。

ニュースにしても、極端な例が取り上げられがちです。そして、近年、それはかなり顕著。

だから必要以上に怖く見える。

でも現実には、ひとりで最期を迎える人の多くは

静かで、淡々とした最期を迎えています。恐怖ばかりの出来事ではありません。

“このまま誰にも知られず死ぬのかな”と思った日のこと
“このまま誰にも知られず死ぬのかな”ときどき胸の奥にひゅっと冷たい風が通るような瞬間があります。「このまま誰にも知られずに、ある日ぽつんと終わるのかな」そんな考えが、急に、ふと浮かぶ瞬間がある。特にそう思わせる何かが起きた時の話ではないので...

恐怖を備蓄せず、備えを増やす。

とはいえ、不安が消えるわけではありませんよね。

だから、必要な気持ちの持ちようとして、恐れを大げさに肥らせないことと、
日々の中で、小さな“備え”を積み重ねることが大切だと思っています。

たとえば、近所にひとりでも挨拶できる相手がいれば、それだけで孤立はかなり防げます。毎日会話をする必要なんてなくて、顔を見た時に軽く会釈できるだけでいい。

「あ、最近あの人見ないな」と

気にしてくれる相手が一人いるだけで、安心はずいぶん違う。

月に1度くらいは、誰かと連絡を取る

月に一度なり二度なり、誰かと軽く連絡を取る習慣。

家族でも友人でも、昔の知り合いでもいい。

返事が遅くても気にしないでいられる“ゆるい関係”が、一番長く続きます。

もっと実務的なことでいえば、

    • 郵便物を溜めない
    • ゴミの日に必ず外に出る
    • 自治体の見守りサービスに登録する

こうした「生活の動き」を作っておくことも、立派な予防になります。
人は案外、生活のリズムで互いの生存を確認しているものなんです。

まだまだ、実は“生きたい活力”があるから、不安がよぎる

そして、忘れてはいけないのは、
“孤独死を恐れるのは、まだ生きたいと思っている証でもあるということ。

本当に人生に絶望している人は、孤独死を怖いとすら思えません。
「最期のことを考える余裕がある」というのは、生きる意欲がちゃんと残っている証拠なんです。

だから不安を感じたら、追い払うのではなく、
生活を見直すチャンスだと思えばいい。


・家の中を少し整える
・連絡帳に、頼れそうな名前をひとつ書いておく
・体調管理を少し丁寧にする

ほんの少しの工夫で、暮らしは驚くほど安定していきます。

孤独死を防ぐ一番の方法は、“孤独にしないこと”ではありません。
“完全に閉じこもらない暮らし”を保つこと。


ほんの糸のようなつながりを、生活のどこかに残しておくこと。

人は、自分が感じているより強いし、思っているより誰かとつながっている。


その事実に気づけるだけで、不安が薄れていくと思います。

ひとりで生きる人が増えた時代だからこそ、
小さなつながりを大事にしていけばいいんです。

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