私は、常に一か月の予定表、半年の予定表、一年の予定表と分けて、
アプリのnoteや紙の手帖に書いています。
小学生の頃、「夏休みの予定表」を埋めていた、あの感覚と少し似ています。
子供じみていますかね。
でも、お勤めしていたころから、
本格的に書きしるす癖がついたのかもしれません。
アポイントの予定、商談の内容、
いつまでに何をどうするか。
聞いた言葉や、その場で感じたこと。
書いておけば、頭の中が散らからない。
今となっては、正直、
書いただけで少し満足しているところもあります。
それでも年末になると、
来年の手帳のリフィールを選ぶ時間が楽しい。
家計簿もつけていますが、それは
大きなシステム手帳にレシートまで貼っていますから、
一年の終わりにはずっしりと重くなります。
そして、ブログや日常動画。
これもきっと、
手帖に書き留める癖から
派生していることなのだと思います。
私がこうして書くのは、
たぶん祖父に似たのかな、と、ふと思うことがあるんですね。
祖父が亡くなった時、仏壇の横の押し入れの、
その下の段には、
たくさんの養命酒の空瓶と、
段ボールに入った何十冊もの小さな手帖がありました。
祖父は、長年市会議員をしていて自営の仕事もあり、
忙しくしていた時期もあります。
その頃も、毎日、日記をつけていたようです。
何十年も。
私のことも、たくさん書いてありました。
仮に、私をA子としましょうか。
祖父は、
「今日は、A子がきて」と、そんなふうに書いているんですね。
ある日のページには、こうありました。
「今日は、A子がきて、うどんを作ってくれた。
やわらかいほうがいいよね、と聞いてくれた。
俺が胃が痛いと言ったことを覚えていた。
うれしかった。」
私は、その日の日常的な、ごく当たり前のやりとりを、
それを読むまで忘れていました。
そういえば、うどんを作ってあげたこと、あったなあ。
胃が痛いから消化のいいものがいいって言って、
「うどん?」って聞いたら、「うん」って。
たしか、そんな感じでした。
でも、あの頃、
祖父はもう相当体調が悪かったんだと思います。
だから、あの一行がでたのかなってね、
「うれしかった」になったのかなあ、と。
祖父の年齢に近づいてきて、
しみじみ思います。
忙しい時期もあったはずなのに、
その間も、毎日書いていたんだなあ、と。

養命酒の空瓶と、手帖。
あの押し入れの下の段の光景は、
今でもはっきり覚えています。
今日もまた、
何かを書いて終わる。
たぶん私は、
あの押し入れの下の段の光景を、
どこかで受け継いでいるんだなあと最近感じています。



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