今日は外に出ない日

雑記(つぶやき的な)

パートもない。
とりたてて、今日じゃなきゃいけない用事もない。
そんな日は、あらかじめ決めてしまう。

「今日は一歩も外に出ない日」にしよう……。
それは同時に、
「お金を1円も使わない日」でもある。

コンビニにも行かない。
スーパーにも行かない。
ネット通販も開かない。

外に出なければ、
思った以上に、私の世界は静かだ。

誰とも目を合わせることもない。
挨拶をすることもない。
愛想笑いをする場面もない。

その代わりに、
頭の中は急に忙しくなる。

部屋を片づけよう。

普段やらない棚を掃除しよう。
あの引き出しも整理しよう。
あれもやろう、これもやろう。

と……

やることリストは、
一瞬で立派に完成する。

若い頃なら、たぶん全部やった。

朝から勢いよく動いて、
気づけば部屋がすっきりしていて、
ついでに模様替えまでしていたかもしれない。

体力は、そんなに変わっていないと思ってる。
掃除くらい、まだできる。

そう思っている。

でも、やってみると違う。

正座して段ボールを整理していると、
すぐに足がしびれる。

しゃがんで作業をしていると、
バランスを崩して、よろっとする。

さらに、立ち上がる時に、
尻もちをつきそうになり、あわてて手のひらをつく。

足の筋肉。
体幹。

見えないところが、確実に衰えている。

まだ、それは、いつもじゃない。
でも、たまにある。

「あれ?」と思う瞬間だ。

若い頃は、
体が、思考についてきた。

今は、
体のほうが「ちょっと待って」と言う感じ。

だから結局、
やるのはひとつかふたつ。
予定していた十個のうち、
せいぜい一つというパターン。

そして気がつけば、
パソコンの前に座っている。

文章を書く。
打ち込む。
推敲する。

部屋の片づけよりも、
掃除よりも、
文章を書くことのほうが優先されてしまう。

パソコンがなかった時代。
スマホがなかった時代。

あの頃なら、
たぶん、他の何より優先して部屋を片付けていた。

雑然とした机の上、
ちょっとバラバラになった本棚の並び、
そして、いらない紙類を捨て……
なんなら、部屋の模様替えまでしていた。

そういうことはよくあった。

そして、すっきりした部屋で、
コーヒーを飲みながら、日記帳を開く……。

今は逆。

生活が多少散らかっていても、
とりあえず画面を開いてしまう。

指が動けば、
何かが進んでいる気がする。
でも本当に進んでいるのは、
何なのだろう。

ライフスタイルの優先順位が、
こんなふうに、いつのまにか変わってしまったことに、
時々、いらだちを感じることもある。

私たちシニア世代であっても、
もう無縁ではいられないパソコンやスマートホン。

パソコンを使わない人でも、
スマホは持っている。
そしてテレビでYouTubeを見る。

気づかないうちに、
生活の重心が少しずつ、
画面側に寄っている。

便利だし、確かに世界は広がる。
でも、なにかが違う気がする。

「今日は外に出ない日」が、
「今日はずっと画面を見る日」に
なってしまっていないか。

窓の外の空気のにおいや虫の声。

私たち日本人は草花や雲の形だけではなく
虫や鳥、カエルの声で、季節や時間の流れを感じてきた。

窓を開けただけでも、季節を感じた時間。
いつのまにか、忘れがちになっていないだろうか。

お湯を沸かして丁寧にお茶を淹れると、
その注ぐ音にも癒される。

ゆっくり体を伸ばすと、体内の巡りを感じる。

そんな「時」を、
横に置いたまま、気にかけつつも
背中を丸めて四角いモニターを見つめる時間。

今日は外に出ない日。
誰とも会わない。
お金も使わない。
それでも一日は、ちゃんと終わる。
結局、できたことは、たった一つ程度。

明日は、パートの帰りに少し寄り道
してみようか。たまには公園のベンチで
動画を録音でもしてみようか。

あ、結局、また、四角い画面を覗く。
時代は少しずつ変わっていくのだろう。

それでも、古き良き時代は忘れたくない。
時間の移り変わりを四季の音やにおいで
感じてきた時代を、忘れたくはないなあ

今日は外出しない日。
でも、明日は、少し自然を感じに寄り道?

あなたなら、
どう過ごしますか。
誰とも会う予定のない、
静かな一日を。

優先順位は、
その人の今を正直に映すそうです。

今日は外に出ない日。
その静かな一日に、
自分の今、無意識の重心が見えてくるのかもしれません。

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