近年、世界の中で日本文化や日本的な思考様式が再評価される場面が散見されます。では、その特徴とは何か──ひとつには「沈黙」と「黙々とした実行」に重きが置かれる点が挙げられます。
西洋に根付く議論文化、いわゆるディベートは、意見を明確に主張し、対立を通じて真理や最適解を探る手法です。それは確かに創発的で、合意形成を促す効能を持ちますが、一方で「押しの強さ」や「勝ち負け」を前提にしやすく、感情的対立を生みやすい側面もあります。
対照的に、日本的な価値観は正しさを力で押し通すことに依存しません。相手の言葉に耳を傾け、場の空気を読み、必要な行動を着実に進める。
外から見れば後退や消極に映ることもあるでしょうが、その裏には長期的視点と持続的努力が横たわっています。
歴史を振り返ると、初めは揶揄や懐疑の対象となった技術や思想が、時間をかけて着実に成熟し、やがて世界の基準となる例が少なくありません。ここに、日本的な「静かな強さ」が表れます。
だからといってどちらかが一方的に優れているとは言えません。ディベートは透明性と迅速な意思決定に資するし、沈黙は持続力と熟成を生む。重要なのは、両者の長所と短所を理解し、状況に応じて使い分ける知恵です。外圧や不当な圧力、知的財産の問題など、国際舞台では複雑な力学が働きますが、反射的な敵意や自己正当化で応じるのではなく、事実に基づいた説明と、同時に静かな実践で応えることが、結局は信用と成果を生むと私は考えます。
結論として、日本が持つ「黙して成す」という精神は、短期的な論戦に勝つ力とは別種の武器です。それは数字や議論だけでは示せない強さであり、相互理解を前提とした国際社会でこそ、その価値がより一層発揮されるはずです。



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