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こころの終活

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「今、ここ」

今、私が、“小さな終活”を続ける理由・1

やはり、シングルの私には必要なことでもある終活パート勤務の低所得、貯金ほぼ無し。息子と二人三脚でやってきた人生。裕福でも、自由気ままでもないけれど、静かに淡々と生きています。終活というほど大げさなことでもないのですが、ひとりだけで残していく...
①生き方エッセイ

「もう十分生きた」と感じる瞬間は本当に訪れるのか。静かな問いとの向き合い方

「もう十分生きた」と思える日は、本当に自分にも来るのだろうか。そんな問いが心に浮かぶことがあります。まだやりたいことだってあるし、かといって昔ほどの勢いもない。中途半端な場所に立っているような感覚のなかで、この言葉の重さや、妙な静けさは、老...
①生き方エッセイ

“このまま誰にも知られず死ぬのかな”と思った日のこと

“このまま誰にも知られず死ぬのかな”ときどき胸の奥にひゅっと冷たい風が通るような瞬間があります。「このまま誰にも知られずに、ある日ぽつんと終わるのかな」そんな考えが、急に、ふと浮かぶ瞬間がある。特にそう思わせる何かが起きた時の話ではないので...
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【1】暮らしのこと(日常)

シニアの捨て活*「捨てられないもの」との向き合うとき

家の中にある「捨てられないもの」とどう向き合うか家の中を眺めてみると、「どうしても捨てられないもの」がいくつかあります。誰にでもありますよね。使っていないのに処分できない服、思い出が詰まった手紙、いつか使うかもしれないと取っておいた道具。頭...
「今、ここ」

パート仲間との距離感が教えてくれた“老後の意識”

パート仲間との距離と老後の意識パートで働いていると、人間関係の距離の取り方が難しいと感じることがあります。毎日顔を合わせるわけではない。けれど、適度に関わらなければ仕事が進まない。その中間の距離が、案外いちばん戸惑いがちな部分です。女性にと...
「今、ここ」

友人が少なくなったら、自然を友にする暮らしは楽な生き方

年齢とともに人づき合いが少なくなった。無理に広げず、無理に維持もせず、自然にまかせていく。今は自然を友だちにするくらいの気持ちで生きているのが、おひとりさまの私、60代の暮らし方。
こころの終活

年齢とともに変わる「物との距離」。片づけをするたび思い出す、弟の言葉と生き直しの感覚

ただ整理するだけでは片づけは続かない。人生の痛みや思い出を抱えたまま、それでも暮らしを軽くしていく。その過程で見えた価値観の変化を書きました。
「今、ここ」

終活で気づいた「人との距離感」――ひとり時間が心地よくなった理由

学生時代や職場の仲間と過ごしたにぎやかな時間も、今では懐かしい思い出。終活を意識するようになって見えてきたのは、“ちょうどいい人との距離感”。ひとり時間の心地よさと、これからの生き方について綴ります。
こころの終活

無理をやめたら、人づきあいが楽になった

若いころは「感じのいい人」でいようと無理を重ねていた私。けれど、事故と事業の失敗をきっかけに、人との距離の取り方が変わりました。無理をやめたら、心に余白ができて、本当に大切な人が見えてきた
こころの終活

60代70代の恋愛は悪くない、ときめきを忘れない生き方

恋なんてもう関係ない、そう思っていたのに──周りを見れば、60代70代でも恋をしている人がけっこういる。ときめきは年齢を超えるもの。少しだけ素直になって、人生を軽やかに。
こころの終活

手のしわに、人生の地図を見る

手のしわは、老いの象徴なんかじゃなく、人生の地図みたいなもの。重ねた日々の跡を、静かに語ってくれます。
こころの終活

実はけっこう難しいかった― 年を重ねて気づいた「力の抜き方」

「無理しない」が口ぐせになったのは、むしろ無理をしてきた証拠かもしれません。力を抜くことのむずかしさと、そこにある静かな強さについて。
こころの終活

家族で共有するクラウドアルバムという選択。距離感と安心のちょうどいいところ

写真を家族で共有する時代。でも「見せたい」と「見せたくない」の境界は意外と複雑。終活の一部として、自分なりの“写真の残し方”を考えてみた。
「今、ここ」

一人で生きることを、怖がらない

「誰かがいないと生きていけない」──そう思っていた頃を、懐かしく思うようになった。孤独を恐れず、自分と静かに向き合う終活の話。
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