「自分の最期を、誰に見送ってほしいか、誰が見送るのか」
そんなことを、ふと、時々、考えるようになりました。
歳を重ね、子どもはすっかり大人になり、友人とも疎遠になりがちなこの頃。
生まれた家で一緒に暮らした家族たちは、もう誰もいなくなりました。
友人やそのご家族のお葬式の話を耳にしたり、葬儀に出席したりする機会もぽつぽつ出てきて、「死」というものを身近に感じる機会が増えました。
そんな場面に身を置くたびに、やはり____
自分の“最後の瞬間”を想像します
最期のとき、誰かに見送ってもらえるのだろうか。
わが息子は、どんな気持ちで私を見送るのだろうか。
少しは寂しいと思うのだろうか。
それとも、やっと肩の荷が下りたと脳裏を過ったりするのだろうか。
親子の思い出を辿りながら、送ってくれるのだろうか。
あるいは、すぐに発見もされず、誰にも知られないままに、ひっそりと去っていくのだろうか。
直葬を希望しているけれど、その場合、知人に私の死は、いずれ伝わるのだろうか。
それとも何年かして、「亡くなったらしいよ」と、酒のつまみに出てくるのだろうか……などなど。
以前は「誰かに見送ってもらいたい」と思っていました。
けれども同時に、「誰にも迷惑をかけたくない」と軽い葛藤も感じていました。
そんな矛盾した気持ち込めた文章を、何度もエンディングノートに
書いては消し、書いては消し…と、やっていました。
あるとき気づいたのです。
「これが自然」ということ。
「消える」ことは自然なこと。
「忘れられていくのも、自然なこと」。
私だって、今までかかわりあった人のことを、すべて毎日思い出しているわけではないし、親の命日だってうっかり忘れることもあります。
ただ、心にぽっかり穴が開くような時間、ふとした瞬間、私自身も、今は亡き誰かを思い出すことがあります。
それは、もう何十年も前に逝ってしまった人の場合もあります。
わが娘のことなら、毎日、毎時間、思い出します。
すでに私の心の中に共に生きている感覚でもあります。
“たった一人でも、私のことを思い出してくれる人がいてほしい”と、そんなことはもう考えなくなりました。
千の風に~千の風にな~って~♪
※娘が荼毘に付し、小さな木箱に入ってしまった頃、雨が上がり青空が見え始めました。私の弟は、私の娘の遺骨を抱いて空を見上げ、ずっとこの歌をくちずさんでいました。遺族もみんな、心の中で歌っていたでしょう。空を見上げていました。その弟も、今はもういません。それでも私は、時々、思い出しています。あふれるほどの弟との思い出、娘との思い出。命の循環を受け入れることは、『終活』において一番大切な、「今ここを生きる」ことに気づくこと。
あの歌のような感じで、私も消えていけばそれでいいと思っています。
その時、どこでどのように命を亡くそうとも、ひとりで何日も発見されなくても、必ず思い出してくれる人はいるものだと思うのです。
そして、また会える。
(これに関しては、スピリチュアルな視点で、霊感の強い私は確信があります)
昔の友人でも、ご近所さんでも、何かの縁で関わった人でも。
「あなたがいたこと、ちゃんと覚えてるよ」と心の中で手を合わせている私たちではないですか?
だから、「私が亡くなったら、誰が…」なんて考えなくても大丈夫。
思い出すとき、必ず平和な笑顔を思い出しませんか?
きっと私を思い出す人たちも、亡くなった私を思い出すとき、そのようであってほしいし、きっとそうだと思っています。
それだけで、私は安息の気持ちになれる今日この頃です。
菩提寺は禅寺なのですが、ご住職は「今」「今ここ」を強調します。
やっとこの頃、深い深い実感を体中に感じています。
だからこそ、今を大切に生きることしか、それしかないのだとシンプルに考えるようになりました。
エンディングノートにも、
「葬儀は直葬でいいです。時々、思い出してください。その時、私はきっとそばに在る」
と書いておこうと思います。
それが、私の小さな希望。
静かだけど、確かに心から望んでいることであり、ゆるい終活生活の中で、私の中に沁み込んだ、最後のかたちです。





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